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Foghorn Therapeutics (Cambridge, MA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第241回)ー

更新日:2022年2月23日

クロマチン制御システムに関わるたんぱく質に作用する低分子化合物を用いて遺伝子発現を制御するというコンセプトでのがん治療薬を開発しているバイオベンチャー


ホームページ:https://foghorntx.com/


背景とテクノロジー:

・古典的な創薬では低分子化合物を用いたチャネル・受容体・酵素などの阻害剤による治療法が主流だったが、最近たくさんのモダリティが開発され、新しい介入方法が生まれてきている。例えば核酸創薬ではAlnylam PharmaceuticalsによるsiRNAを用いた遺伝子発現抑制や、Ionis Pharmaceuticalsによるアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いたスプライシング調節による遺伝子発現上昇など、遺伝子の発現制御をする創薬が可能になってきた。これにより低分子化合物では治療が難しかった遺伝子変異疾患の治療薬が誕生してきている。


・ところが最近、遺伝子発現を制御できる低分子化合物の開発が始まってきている。例えばPTC Therapeuticsが創製しRocheが開発したRisdiplamやNovartisのBranaplamは、スプライシング調節に伴う遺伝子発現上昇というメカニズムを持つ低分子化合物で(参考)、特異性が非常に高い。つまり、コストがかかり、投与経路や標的臓器が限定される核酸医薬品の欠点をカバーできる、低分子化合物による遺伝子発現制御創薬が広がってきている。


・今回紹介するFoghorn Therapeuticsも、遺伝子発現を制御する低分子化合物の探索、開発を行っているバイオベンチャーである。


・ヒトの細胞は、核の中にDNAを収めるためにクロマチンと呼ばれる部分にDNAが密集している。細胞は、クロマチンの特定の領域を閉じたり開いたりすることで、遺伝子発現を可能にしたり、抑制させたりするクロマチン制御システムと呼ばれるシステムを進化させてきた。クロマチン制御システムの主要な構成要素は、クロマチンリモデリング複合体と転写因子の2つであり、これらの構成要素が協調して働くことで、遺伝子発現を制御している。

・Foghorn Therapeuticsでは、クロマチン制御システムのさまざまな構成要素がどのように相互作用するかを統合的かつ機構的に理解するために、独自のGene Traffic Controlプラットフォームを構築している。これにより、システム内のターゲットを特定し、検証し、潜在的な創薬を可能にする。最初に取り組む適応疾患としてがんを選択している。


・がんでは、クロマチン制御システムの中にある、あるいはクロマチン制御システムに影響を与えている遺伝子の突然変異が、遺伝的に決定された依存関係を生み出し、がん細胞はそれに依存して生存している。このような遺伝子の依存性は、病的な細胞の脆弱性となり、健康な細胞への影響を最小限に抑えながら、病的な細胞を選択的に除去する可能性を生み出す。


・Gene Traffic Controlプラットフォームでは、ゲノムおよびエピゲノムツール、独自のハイスループットスクリーニング技術、メディシナルケミストリーの専門知識を組み合わせて、クロマチン制御システムを標的とした酵素阻害剤、たんぱく質分解剤、転写因子分解剤を開発している。このプラットフォームは他の疾患領域にも幅広く応用できると考えられる。


・Gene Traffic Controlプラットフォームは以下のような部分で構成されている。

ターゲットの同定と検証

ゲノムスクリーニング、一連のエピゲノムシーケンス、AIや機械学習を含む計算ツールを用いて、クロマチン制御システム内のターゲットを特徴づけ、同定し、検証する。このエピゲノムシークエンスツールにより、化合物がどのようにクロマチン構造を変化させているかのメカニズムを理解できる。また、このプラットフォームではクロマチン制御システムに関連する遺伝的に決定された依存関係を特定することができる。

クロマチン制御システム構成要素の大規模生産と独自のアッセイ法

クロマチンリモデリング複合体および転写因子を精製・合成するシステムを構築している。これらのシステムにより、クロマチン制御システムへの独自の洞察を得ることができる。

化合物の発見と最適化

クロマチン制御システムの構成要素を大規模に生産する能力を活用して、独自のハイスループットスクリーニングを行っている。例えば、クロマチンリモデリング複合体活性の阻害剤、分解剤に変えることができる結合剤、転写因子とクロマチンリモデリング複合体の相互作用の分解剤などをスクリーニングすることができる。スクリーニングでヒット化合物を見つけたら、クロマチン制御システムの関連成分を含む独自のアッセイ群を用いて、化合物の特性を明らかにし、検証し、最適化する。

たんぱく質の分解

酵素活性を持たないターゲットに化合物を作用させる場合は、対象となるたんぱく質の分解というコンセプトで探索を行う。リンカーやE3リガーゼ結合剤、タンパク質の分解を測定して最適化するためのアッセイ、三元複合体のモデリングなど、広範囲にわたるたんぱく質分解装置の機能を構築している。スクリーニングを完了し、目的のターゲットに対する低分子の結合剤を見つけた後、たんぱく質分解のノウハウを用いて結合剤を選択的なたんぱく質分解誘導薬に変換する。

臨床への移行とバイオマーカーの同定

創薬プロセスの初期段階では、様々なゲノムおよびエピゲノム解析を用いて、疾患の遺伝的なクロマチン制御システムへの依存のメカニズムを解析する。このような依存性のメカニズムを理解することで、患者さんの特定や治療のためのバイオマーカーを特定することが可能となる。治療から恩恵を受ける可能性が最も高いと思われる、遺伝的に関連性のある患者さん集団で臨床研究を充実させることを目指している。


・クロマチン制御システムの中で、最初のターゲット分子としてBAF(BRG1/BRM-associated factor)クロマチンリモデリング複合体(BAF複合体)に焦点を当てて開発を進めている。BAF複合体は、クロマチンリモデリング複合体ファミリーの中で最も変異が多い複合体であり、転写因子との相互作用がある。Foghorn Therapeuticsの精密なアプローチは、BAF複合体のATPase活性を阻害したり、変異したサブユニットや依存性のあるサブユニットを選択的に分解したり、BAF複合体と関連する転写因子との相互作用を阻害したりする新規小分子を設計することである。


パイプライン:

FHD-286

BRG1(SMARCA4)およびBRM(SMARCA2)の酵素(ATPase)を阻害する、高活性、高選択性、アロステリック、経口投与可能な低分子化合物。BRG1とBRMは非常によく似た2つのたんぱく質で、BAF複合体のすべての形態においてATPase(触媒作用)を担っている。

開発中の適応症

・Phase I

急性骨髄性白血病、ぶどう膜黒色腫

FHD-609

BAF複合体の構成要素であるBRD9を、高活性かつ選択的に分解する低分子化合物。静脈内投与。

ほぼ全ての滑膜肉腫には、BAFサブユニット遺伝子であるSS18と、別の遺伝子群であるSSX1、SSX2、SSX4との間に転座と呼ばれる突然変異が存在する。これらの変異により、がんは遺伝的にBRD9に依存している。FHD-609は、BRD9に高い効力と選択性で結合するドメインと、たんぱく質の分解を指示するE3リガーゼ複合体の受容体に結合するドメインの2つを持っているたんぱく質分解誘導薬。FHD-609の臨床試験の進捗に応じて、滑膜肉腫以外にも、SMARCB1を欠失したがんなどの適応症に拡大することを予定。

開発中の適応症

・Phase I

滑膜肉腫


選択的BRM調整剤

詳細不明。非小細胞肺がん治療薬としての開発を予定。

選択的ARID1B調整剤

詳細不明。膀胱がん、卵巣がん、子宮内膜がん治療薬としての開発を予定。


最近のニュース:

Gene Traffic Controlプラットフォームを用いて、あらかじめ設定された単一の転写因子を分解する薬剤を特定する共同研究契約をMerckと締結。


コメント:

・薬のターゲット分子がクロマチン制御に関わる分子なので、薬によって遺伝子発現が変化するのはそうなのだろうと思う。しかし、「背景とテクノロジー」欄で示したような、特定の遺伝子の発現を制御するのではなく、クロマチン制御に関わる分子が関与しているがんに対して、それに関わる分子を制御する化合物を投与するという意味では普通のアプローチに見える。ただ、クロマチン制御に関与する分子をターゲットにしているので、いろいろな遺伝子の発現が変わっているのだろうから、強い効果(副作用も?)が期待される。


・クロマチンなどのDNA構造を標的とした創薬としては、ゲノムDNAの3次元構造を改変したり、エンハンサーを調節することで遺伝子発現調節するというユニークなアプローチのmRNA創薬を開発しているOmega Therapeuticsも注目。


キーワード:

・クロマチン制御システム

・低分子化合物

・固形がん、血液がん


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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