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Erasca (San Diego, CA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第252回)ー

更新日:2022年2月6日


RAS/MAPK経路を標的とした治療薬を組み合わせたがん治療法の開発を行っているバイオベンチャー。低分子治療薬、高分子治療薬、たんぱく質分解薬の様々なモダリティを用いてRAS/MAPK経路にフォーカスしたパイプラインを持つ。


ホームページ:https://www.erasca.com/


背景とテクノロジー:

・KRAS遺伝子は、最も有名ながん遺伝子の一つで、NRAS,HRASとともに低分子量Gたんぱく質ファミリーに属し、その活性型点変異はヒトの様々ながん種で広く見つかっている。低分子量Gたんぱく質はGDPが結合した不活性型とGTPが結合した活性型との間を遷移することで細胞内スイッチとして働くが、変異RASでは結合したGTPが外れなくなる(GTPase活性が失われる)ことによって細胞内シグナルが恒常的にオンになると考えられてきた。従って、 KRASを標的とする遺伝子治療を成功させるための大きな課題の1つが、活性状態にあるたんぱく質に薬物結合部位がないことを克服することだった。 しかし、2013年11月にNatureで公開された論文において、KRASには「オン」と「オフ」の両方の状態があることが示された。 非アクティブ状態に振れると、そのたんぱく質の領域の周りに小さな裂け目、またはポケットが形成される。そのポケットが開いたときに、薬物が結合できることが示された。2016年2月にScienceで公開された別の研究では、特定の化合物をそのポケットに結合させ、KRAS G12C遺伝子を「オフ」状態でトラップできることを発見したことを報告した。

・この知見から見出された化合物であるKRAS G12C阻害薬ソトラシマブは、非小細胞肺がんで、少なくとも1回の全身療法を受けており、腫瘍にKRAS G12Cとして知られる遺伝子変異がある成人患者の治療薬として2021年にFDAから承認された。しかし、KRAS阻害剤によって腫瘍が小さくなった患者でも、治療開始11か月後以降は腫瘍が増大する傾向がみられる、つまり薬剤耐性となることが報告されている。もう一つのKRAS G12C阻害薬であるadagrasib(Mirati Therapeutics)にも同様の課題が報告されている。


・今回紹介するErascaは、RAS/MAPK経路に起因するがん患者さんのための治療法の発見、開発、商業化に特化した臨床段階のプレシジョン・オンコロジー・カンパニーである。最も頻繁に変異するがん遺伝子であるRASと、がんにおいて最も頻繁に変化するシグナル伝達経路の一つであるMAPK経路の分子変化は、世界中で年間約550万人の新規がん患者を生み出す原因となっている。Erascaは、がん治療のためにRAS/MAPK経路を包括的に遮断するように設計された新規治療薬および併用レジメンを創出するため、プレシジョン・オンコロジーおよびRAS標的化の主要なパイオニアにより共同設立された。


・Erascaは、以下の3つの治療戦略に沿った11のプログラムで構成されたパイプラインを持つ。

(1) RAS/MAPK経路の上流および下流の重要なシグナルノードを標的とする

(2) RASを直接標的とする

(3) 治療に反応して出現するエスケープルートを標的とする

低分子治療薬、高分子治療薬、たんぱく質分解薬を用いて、重要なシグナル伝達ノードを選択的かつ強力に阻害または分解することを可能にするモダリティにとらわれないアプローチ

・RAS/MAPK経路は、カスケード内の個別のシグナルノードを標的とする複数の化合物が承認または開発されており、その特性は十分に検証されているが、これらの化合物のほとんどは耐性や忍容性に問題があり、この経路を標的とする新しいアプローチの必要性が浮き彫りになっている。RAS/MAPKのような乱雑な経路を効果的に遮断するためには、個々のノードだけでなく、複数のノードと協調的なメカニズムを並行して標的とする全体的なアプローチが必要であるとErascaは考えており、RAS/MAPK経路を包括的に、そしておそらく相乗的に遮断することを目標に、組み合わせて使用することができる上記の3つの治療戦略を追求している。


パイプライン:(上記の3つの治療戦略に基づきパイプラインを3つに分類)

ERAS-601(SHP2阻害薬)、ERAS-007(ERK阻害薬)、ERAS-801(EGFR阻害薬)、ERAS-12(EGFR阻害薬)、ERAS-9(SOS1阻害薬)

MAPK経路の上流と下流をターゲットとし、これらの発がん性ドライバーをクランプすることを目的とした単剤および併用療法(MAPKlamp)

上流と下流のノード、すなわちSHP2(ERAS-601)とERK(ERAS-007)をそれぞれ標的とし、この経路に関わるあらゆるノードに挟まれた、RTK、NF1、RAS、RAF、MEK改変などの様々な発がん性ドライバのシグナルを遮断、すなわち「クランプ」する新規MAPKlampである。MAPKlampアプローチにより、RAS/MAPK経路に依存するがんの腫瘍退縮を誘導すると同時に、腫瘍抵抗性につながる主要なエスケープルートを遮断することが期待される。また、RAS/MAPKシグナル伝達の重要なエスケープルートであるRTKのEGFR(ERAS-801およびERAS-12)、RASが不活性なGDP状態から活性なGTP状態へサイクルすることを可能にするグアニンヌクレオチド交換因子のSOS1(ERAS-9)などRAS/MAPK経路に影響を与える他の上流ノードに対する単剤および併用アプローチの発見と開発を進めている。

ERAS-007の開発中の適応症

・Phase I/II

進行性または転移性の固形がん(単剤)

進行性非扁平上皮型非小細胞肺がん(ERAS-601、Osimertinib、Sotorasibとの併用)

転移性大腸がん(Encorafenib、Cetuximab、Palbociclibとの併用)

ERAS-601の開発中の適応症

・Phase I

進行性または転移性の固形がん(単剤もしくはCetuximabとの併用)

・Phase I/II

進行性非扁平上皮型非小細胞肺がん(ERAS-007、Osimertinib、Sotorasibとの併用)


ERAS-1(KRAS G12C阻害薬)、ERAS-4(KRAS G12D阻害薬)、ERAS-2/3(RAS阻害薬)

MAPK経路の中流ノードであるRASを単剤および併用で直接ターゲットとする

RASの不活性型GDP状態(RAS-GDP)およびより一般的な活性型GTP状態(RAS-GTP)を阻害する可能性のある分子の発見と開発に取り組んでいる。構造ベースの薬物設計を採用した自社開発品により、RASのアイソフォームで唯一、不活性型RAS-GDP状態でより一般的に存在する変異であるKRAS G12C(ERAS-1)の中枢神経系(CNS)浸透阻害剤を独自に開発している。また、KRAS G12D(ERAS-4)に対する独自の化合物も開発している。これは、活性型RAS-GTP状態でより一般的に存在し、KRAS変異の中でも最も一般的なもの。RAS-GTPの状態でより一般的に見られる他のRASアイソフォームや変異を標的とする当社のアプローチは、Erascaの共同設立者の一人であり、がんにおけるRAS/MAPKなどの主要なシグナル伝達経路を標的とする新しい治療アプローチの世界的に著名な先駆者であるカリフォルニア大学サンフランシスコ校のProf. Kevan Shokatの基礎となる発見をベースとしたものである。Prof. Shokatは、これまで治療不可能とされていたRAS-GDP変異のKRAS G12C上の「スイッチIIポケット(S-IIP)」と呼ばれる結合ポケットとそれに結合する化合物の両方を同定した。Prof. Shokatは、RASのGTPおよびGDP状態を阻害するために利用できる「スイッチIIグルーブ」(S-IIG)と呼ばれる新しい結合部位を発見した。この画期的な発見により、複数のRASアイソフォーム(KRAS、HRAS、NRASなど)および変異(G12X、G13X、Q61Xなど)を対象に、S-IIGに結合する可能性のある低分子化合物の使用が可能になった。 Erascaは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校と、Prof. ShokatのRAS-GTPに関する世界独占ライセンス契約を結び、ERAS2/3プログラムの指針として活用している。


ERAS-5(ULK阻害薬)、ERAS-10(たんぱく質分解誘導薬)、ERAS-11(MYC阻害薬)

RAS/MAPK経路のシグナル伝達をさらに阻害するために、他のタンパク質や経路によって可能になるエスケープルートをターゲットとする

RASが関与するがんは、エスケープルート、すなわち協調的なメカニズムを利用して耐性を獲得する。例えば、RASに支配されたがんは、オートファジーに依存するようになり、オートファジーは構成的に活性化され、膵管腺がんのような代謝活性の高い腫瘍の潜在的なエスケープルートとなる。オートファジーの重要な制御因子であるULK(ERAS-5)を標的とし、ErascaのRAS阻害剤と併用することで、このRAS依存性癌の潜在的なエスケープルートを遮断することを目指す。また、重要なたんぱく質を分解することにより、RAS/MAPK経路のシグナル伝達をさらに阻害する方法(ERAS-10)についても、積極的に検討している。

MYCは、大多数のがんで過剰発現している転写因子およびがん遺伝子であり、RAS/MAPK経路のシグナル伝達を転写レベルで実現する重要な因子である。Erascaでは、MYCを標的とした新しいアプローチを発見している(ERAS-11)。これらの治療戦略を追求するため、RAS/MAPK経路を遮断する複数のシグナルノードを標的とする最も深いパイプラインを構築し、開発中である。これらの薬剤を単独で、あるいは合理的な組み合わせで、関連する複数の腫瘍型において研究する予定である。


最近のニュース:

ERK1/2阻害剤ERAS-007のBRAF V600E変異の転移性大腸がん(mCRC)患者を対象にした臨床試験において、BRAF阻害剤encorafenib、およびEGFR阻害剤cetuximabを併用した臨床試験の概念検証をファイザー社が支援する、臨床試験協力および薬剤供給契約を締結。


コメント:

・KRAS G12C阻害剤の画期的な臨床試験結果から注目を浴びたが、長期試験においてその著しい耐性獲得が課題となっている。KRAS G12C変異がんのKRAS阻害薬への耐性機序として「MET増幅、NRAS・BRAF・MAP2K1・RETの活性化変異、ALK・RET・BRAF・RAF1・FGFR3のがん遺伝子融合、NF1およびPTENの機能喪失型変異など」が報告されている(詳細はこちらから)。


・KRAS阻害剤は今ホットな領域なので、競争が激しいが、この領域の著名研究者であるカリフォルニア大学サンフランシスコ校のProf. Kevan ShokatがErascaの共同創業者であり、この領域をリードするベンチャーとなる可能性がある。

・ERK阻害薬ERAS-007はAsana Biosciencesから、SHP2阻害薬ERAS-601はNiKang Therapeuticsから取得した開発品であり、潤沢な資金をベースに自社創製だけでなく導入品も加えたパイプラインとなっている。


キーワード:

・固形がん

・KRAS阻害剤

・RAS/MAPK経路


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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