2021年1月30日5 分

Aelin Therapeutics (Leuven, Belgium) ーケンのバイオベンチャー探索(第202回)ー

標的たんぱく質内にある凝集しやすい配列を標的としたペプチドを用いて、標的たんぱく質を凝集させることで、そのたんぱく質の機能を阻害したり、細胞死を誘導するペプチドを作り出すPept-in™ 技術プラットフォームを用いて、感染症、がんなどの治療薬開発を行っているバイオベンチャー


 

ホームページ:https://aelintx.com/


 

背景とテクノロジー:

・アルツハイマー病の脳では、アミロイド前駆たんぱく質(APP)からβセクレターゼ、γセクレターゼによって切り出されたアミロイドβが凝集体を形成する。これまでの研究ではこのアミロイドβがオリゴマー(比較的少数のモノマーが結合した重合体)を形成した時に強い細胞毒性を持ち、これがアルツハイマー病の発症原因であると考えられている。

・アミロイドとは、βシート構造を持つ水に溶けない繊維状のたんぱく質のことである(Wikipediaより)。アルツハイマー病の脳で蓄積が見られるアミロイドβ以外にも、パーキンソン病のαシヌクレイン、クロイツフェルト・ヤコブ病のプリオン、ハンチントン病のHuntingtin、家族性アミロイドポリニューロパチーのトランスサイレチン、全身性ALアミロイドーシスのモノクローナル免疫グロブリンの軽鎖など、アミロイドを形成するたんぱく質があり、その蓄積が原因となる疾患がある。このように、アミロイドが蓄積すると細胞に対して毒性を持つことがある(成長したアミロイド繊維のものより、形成途中のアミロイドのほうが細胞死の原因となるということが共通認識となりつつある)。その毒性出現メカニズムは明らかになっていないことが多い。

・約30種類のヒトたんぱく質がアミロイド関連疾患に関与しているが、より多くのたんぱく質がアミロイド原性を有する可能性のある短い配列を含んでいる。今回紹介するAelin Therapeuticsは、既知のアミロイド原性セグメントを有する配列を含むが、正常条件下でも病理学的条件下でも凝集することが知られていない内因性に発現するたんぱく質を、そのたんぱく質自身のアミロイド原性フラグメントを構成するペプチドで相互作用させることにより、凝集を誘導するという技術を持つバイオベンチャーである。このバイオベンチャーは、標的たんぱく質を凝集させやすい配列(aggregation prone region:APR)を標的とするペプチドをデザインし、標的たんぱく質をアミロイド形成させることで、特定のたんぱく質を標的とした機能阻害が可能となり、疾患プロセスを阻害したり、細胞死を引き起こすことが可能となる、Pept-in™ 技術プラットフォームを保有している。

・Aelin TherapeuticsのPept-in™ 技術プラットフォームは、低分子医薬品や生物学的製剤が依存する活性部位やエピトープを必要とせずに、構造や機能性たんぱく質のクラスに関係なく、ほぼすべてのたんぱく質を機能的にノックアウトすることができる。この合成ペプチドは、荷電残基をはさんで短いリンカーで結合したAPRから構成されている。荷電残基は合成ペプチドを溶液中で安定化させ、細胞内への取り込みを促進する。これにより、全く新しい標的空間が開かれる。例えば、従来の抗体や低分子のアプローチでは標的化が困難であった転写因子や細胞内足場たんぱく質を、Pept-in™ 技術は標的とすることが可能である。

・Pept-in™ 技術プラットフォームのプロセスは以下の通りである。

標的たんぱく質の選択

疾患の生物学をベースに標的たんぱく質が選択され、そのたんぱく質配列が同定される。

凝集させやすい配列(aggregation prone region:APR)の同定

この配列に基づいてTANGOアルゴリズムが標的たんぱく質内のすべてのAPRを同定し、スコアを付ける。その後、最も有望な APR 配列が Pept-in™ デザインのために選択される。

Pept-in™デザイン

選択された APR を探索する Pept-ins™ ライブラリ(ペプチド)が生成される。

機能性評価

このライブラリをin vitroでスクリーニングして機能的に活性なPept-ins™を同定し、その後、特徴付け、最適化、およびin vivoでのさらなるスクリーニングを行う。

・PPept-in™はこの新規作用機序により、たんぱく質合成に依存しているあらゆる種類の生物や細胞に適用可能である。哺乳類、細菌、ウイルス、真菌などのたんぱく質標的を機能的にノックダウンすることで、ヒトの疾患治療に貢献することが期待される。


 

パイプライン:詳細未開示

感染症領域

グラム陰性菌をターゲットとした抗菌薬。大腸菌やAcinetobacter baumanniiの薬剤耐性臨床分離株に対して有効性を示している。マウス膀胱感染モデルにおける細菌負荷を軽減することが示されている。

ほとんどのAPRは特異的であるが、少数のAPRは複数のたんぱく質に存在する。このような交差反応性APRを選択することで、選択的なたんぱく質崩壊を達成することができる。これにより、多剤耐性(MDR)感染症でさえも迅速かつ効率的に治癒させることが期待される。

その他の疾患

血管の形成と成長に関与する重要なシグナル伝達タンパク質であるVEGFR2を標的とするペプチドをデザインできることが実証された。VEGFRの阻害は、様々な癌を治療するための既知の戦略である(参考)。


 

コメント:

・細胞毒性を示し疾患の原因となっているアミロイド形成を、むしろ誘導することで標的たんぱく質の機能を阻害したり細胞死を誘導するという斬新な技術を持つバイオベンチャー。ほとんどのたんぱく質にAPR配列があるとのことだが、幅広くたんぱく質を標的にできるのであれば応用できる疾患は広がるかもしれない。

・一方で、アミロイドを形成させることで、それ自体が細胞外で蓄積して標的外の細胞にまで毒性を示すリスクはまだ十分評価されていないのではないだろうか?その可能性があるからまず最初のアプローチとしてヒト細胞と大きく異なる細菌をターゲットとした感染症を適応疾患として進めて、それで安全性が確認されれば、がんなどに広げていく方針なのかもしれない。

・たんぱく質の生物物理学的特性に着目したという点では、液液相分離に着目した創薬と似た(逆の発想の)アプローチだと思う(参考:Dewpoint Therapeutics)。

・ベーリンガーインゲルハイムベンチャーファンドが投資している(参考)。


 

キーワード:

・ペプチド創薬

・アミロイド形成誘導ペプチド

・感染症

・がん


 

免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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