2020年12月19日7 分

Neoleukin Therapeutics (Seattle, WA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第196回)ー

最終更新: 2020年12月30日

遺伝子合成技術、たんぱく質構造予測、計算アルゴリズムを用いて、自然界にはない全く新規配列のタンパク質(de novoたんぱく質)をデザインする独自技術を持つバイオベンチャー。がん免疫療法薬や新型コロナウイルス感染症COVID-19の治療・予防薬の開発を行っている。


 

ホームページ:https://www.neoleukin.com/


 

背景とテクノロジー:

・たんぱく質そのものが治療薬となっているたんぱく質医薬品には、インスリン、エリスロポエチン、インターフェロン、G-CSF、酵素製剤(酵素補充療法)モノクローナル抗体(抗体医薬品)などがある。これらは生体内の生理活性たんぱく質だが、遺伝子組み換え技術を用いて体外で製造しヒトに投与すると、高い臨床効果と低い毒性という特性を持つことが明らかとなり、医薬品としての利用が進められている。

・ヒト生体内には約10万種類のたんぱく質が発現していると考えられているが、その中でたんぱく質医薬品として利用されているのは上記のようにごく一部である。多くのたんぱく質は役割が十分分かっていなかったり、製造が困難だったりするのだが、その他にも以下のような理由がある。

・天然たんぱく質は、ほとんどの場合、安定性よりもたんぱく質の機能を優先して進化してきた。 その結果、ほとんどの天然たんぱく質には構造的な不規則性があり、これは溶解性の低さや突然変異の堅牢性の低さなど、治療法の開発に課題をもたらす非理想的な特性となっている。これらの不規則性は、天然たんぱく質の機能を損なうことはないが、天然たんぱく質を治療薬として再利用するプロセスを著しく阻害する可能性がある。

・そこで、たんぱく質工学を用いたアプローチで医薬品として利用できるように改変を行う技術が用いられている。例えば以下のような方法である。

「ヒトの顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)のN末端側の5アミノ酸を置換することで、生物活性および血漿中安定性に優れる誘導体ナルトグラスチム(商品名 ノイアップ)が開発された。また遺伝子組換えによりヒトのエリスロポエチン(EPO)が本来持つ3本のN結合型糖鎖を5本に増やしたダルベポエチンアルファ(商品名ネスプ)はEPOレセプターへの親和性は低下するものの、エリスロポエチンと比較して長い体内半減期および高い生物学的活性を示す。」(Wikipediaより)。

それ以外にもマラリアに対するより効果的なワクチンの開発のためのたんぱく質の安定化 、セリアック病の治療のための酵素の強化 、免疫原性エピトープの提示のための自己組織化ナノ粒子 、多数の抗体の最適化などがある。

・しかし、このアプローチには限界がある。安定性、基本的な作用機序、およびたんぱく質配列などの最終製品の生化学的特性は、出発点として使用されるたんぱく質に本質的に結びついている。さらに、天然のたんぱく質は、不安定になったり、機能しなくなったりする前に、限られた数の改変にしか耐えられないことがよくある。その結果、天然たんぱく質から開発された治療用たんぱく質は、しばしば安定性や製造性に劣り、多くの場合、生理活性が著しく低下する。

・そこで全く新しい人工の活性たんぱく質を生み出す技術として、de novoたんぱく質デザイン技術が開発されてきている。de novoたんぱく質デザインは、計算アルゴリズムを用いてたんぱく質を作成する技術で、自然の進化によってできたたんぱく質配列よりも指数関数的に大きなたんぱく質配列空間にアクセスすることができる。例えば、100残基のたんぱく質を考えた場合、20個の天然アミノ酸をすべて組み合わせた配列の可能数は約10の123乗個。しかし、自然の進化やたんぱく質工学によって採取されたたんぱく質の総数は、10の20乗種類の配列のオーダーと推定されており、そのため天然のたんぱく質では満たされていない課題を解決することが期待される。

・de novoたんぱく質デザインは 計算能力、遺伝子合成技術、たんぱく質構造予測、計算アルゴリズムの進歩の組み合わせによって可能となった。幅広い形状と大きさを持つ多数のde novoたんぱく質足場(すなわち、機能を持たない、よく折り畳まれたたんぱく質構造)が設計され、機能性分子の開発の出発点となった。例えば、不活性なde novoたんぱく質の足場に、機能的な(活性を持つ)モチーフを導入すること(モチーフグラフトとして知られている)により、たんぱく質設計者はいくつかの機能的な(活性を持つ)de novoたんぱく質を作成することができるようになった。その例としては、インフルエンザやボツリヌス神経毒に対する治療の可能性を持つ何千もの高親和性ミニたんぱく質や、カスタマイズ可能な細胞機能を持つ生理活性たんぱく質スイッチなどが挙げられる。

・もう一つのたんぱく質設計アプローチは、目的の機能を達成するために構想段階から調整された機能的なde novoたんぱく質を作成する方法である。このような「意図的に機能する」de novoたんぱく質の設計には、最終的な設計の形状、サイズ、および機能を高度に制御する必要がある(また、目的とする機能部位の構造に関する事前の知識や仮定も必要とする)。その例としては、エプスタインバーウイルスたんぱく質阻害剤の設計、膜貫通型Zn2+輸送らせん状たんぱく質などがある。

・de novoたんぱく質は、並外れた堅牢性を示す。短く構造化された連結ループを持つ規則的な二次構造要素、十分に充填された疎水性コア、大部分が極性を持つ露出表面、および非常に満足度の高い極性相互作用など、理想化されたたんぱく質構造の原則に従うように設計することができるため、de novoたんぱく質は天然たんぱく質が持つ制限の多くを克服することができている。さらに、現在のたんぱく質設計法は、分子内相互作用(特に連続した残基間)が強い分子を作ることに優れており、その結果、天然のたんぱく質と比較して非常に高い本質的安定性と折り畳み性を持つde novoたんぱく質が誕生することが増加してきている。その結果、理想化された構造を持つde novoたんぱく質は、極端な耐熱性や突然変異の頑健性などの生化学的特性を示すようになった。これ以外にもde novoたんぱく質デザインは、製造性、溶解性、および調整可能性などの非常に望ましい生化学的特性を有する治療用たんぱく質の創製を可能にすることができる。

・今回紹介するNeoleukin Therapeuticsはこのde novoたんぱく質デザインを用いて、がん免疫治療薬の開発を行っているバイオベンチャーである。リードプロダクトであるNL-201はインターロイキン-2(IL-2)とインターロイキン-15(IL-15)の両方の機能を模倣したde novoたんぱく質を用いた免疫療法である。


 

パイプライン:

NL-201

インターロイキン-2(IL-2)とインターロイキン-15(IL-15)の両方の機能を模倣したde novoたんぱく質。

IL-2は強力な免疫刺激性サイトカイン。組換えIL-2(アルデスロイキン)は、がん治療に使用されてきたが、その毒性のため臨床応用は非常に限定的だった。生体内では、IL-2の効果は、アルファ(CD-25)、ベータ(CD122)、ガンマ(CD132)の3つの部分からなる受容体との相互作用によって媒介される。IL-2の毒性は、CD25との相互作用によって悪化する。NL-201は、CD25に結合することなくIL-2のシグナル伝達を強力に刺激するたんぱく質で、IL-2受容体のβ鎖およびγ鎖と排他的に相互作用し、抗腫瘍効果のあるT細胞を選択的に増殖させる。また、IL-15はIL-2と同じβ・γ鎖を共有しているため、NL-201はIL-15の活性をフルに発揮し、抗腫瘍NK細胞を同時に増殖させることができる(参考)。単剤での使用や他のがん免疫治療薬との併用以外にも、他家細胞療法との併用により、移植されたCAR-T細胞やNK細胞の増殖・維持が期待される。

開発中の適応症

・前臨床研究段階

がん
 

NL-CVX1

SARS-CoV-2スパイクたんぱく質のの受容体結合ドメインに結合し、ヒトアンジオテンシン変換酵素2(hACE2)とスパイクたんぱく質の結合を阻害するように特異的に設計されたde novoたんぱく質デコイ。NL-CVX1を予防的に経鼻単回投与したところ、致死量のSARS-CoV-2に感染したハムスターはすべて生存した(参考)。

開発中の適応症

・開発ステージ不明

新型コロナウイルス感染症COVID-19の治療薬および予防薬

de novoサイトカイン受容体アゴニストおよびアンタゴニストの設計

サイトカイン受容体アゴニスト(がん免疫療法薬として)

サイトカイン受容体シグナルのバランスを回復させることを可能にする、de novoサイトカイン模倣薬(自己免疫疾患やアレルギー疾患改善薬として)


 

コメント:

・たんぱく質構造生物学と計算科学を用いて合成生物学的アプローチで、全く新しい人工たんぱく質を作り出すアプローチはこれからどんどん創薬に応用されている可能性が高いのではと思う。ヒト生体内でたんぱく質合成に使われているアミノ酸は20種類だが、新たな技術として非天然アミノ酸を組み込んだたんぱく質合成技術も開発されてきており、これらの中から全く新しい薬理作用を持つたんぱく質医薬品が生まれてくる可能性もある(参考)。4塩基コドンを用いたde novoたんぱく質合成など、合成生物学アプローチの今後の展開にも注目。


 

キーワード:

・合成生物学

・de novoたんぱく質

・がん免疫療法

・新型コロナウイルス感染症COVID-19

免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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